私は以前、コロナ禍で大好きな韓国に行けなかった時、何となく立ち寄った書店で「関西で楽しむ韓国」というテーマが大きく書かれた雑誌を見つけました。
私はその雑誌を手に取って、どんな内容なのか確認することもなく衝動買いしました。
雑誌の内容は大阪コリアンタウンの様子はもちろんのこと、京阪神の韓国料理店や韓国風のインテリアが施されたカフェ、雑貨店、韓国コスメを扱うお店など、関西で楽しめる韓国の情報が満載でした。
その中のある一枚の写真を見て、私の目は釘付けになりました。たくさんの綺麗なお花が飾られたケーキで、とても食べ物だとは思えないほどの素晴らしい写真でした。
キャプションを読んでみると、なんと!餅ケーキと書いてありました。韓国では約20年前に餅屋が作り始めたそうです。
韓国のお餅と言えば、韓国料理を習ったときに作ったぺクソルギ백설기やパッシルトッ팥시루떡、ファジョン화전、ソンピョン송편、チョルピョン절편、インジョルミ인절미、キョンダン경단 くらいだと思っていた上に、韓国でも実際にそのようなお花が飾り付けられたケーキを見たことがなかったのです。それもそのはず、注文を受けてから作るというスタイルが殆どだったようです。
私が雑誌で見たお餅ケーキも、お店があって常に販売しているわけではなく、教室をされているということでした。詳しい住所は載っていませんでしたが、私の家からそんなに遠くないように思いました。
その雑誌を買って以来、他のページを見ても最後には、いつもお餅ケーキの写真を見てしまう毎日でした。
どうしても「実物を見てみたい」そんな思いが暫く続き、好奇心旺盛な私は遂に習ってみようと決心したのでした。
私が経験したお餅ケーキレッスンのお話の前に、韓国のお餅について少し触れたいと思います。
◆日本の餅と韓国の餅の違い
日本の餅は、もち米を蒸して杵でつくのが一般的です。韓国ではもち米を使用したものもありますが、うるち米を粉状にしてそれだけを使ったり、他の穀物などと混ぜて使用するのが主流です。また、日本の餅が焼いたり、煮たりしたら凄く柔らかくなって伸びがいいのは、原料に違いがあったということだと思われます。
また、チヌントッ(찌는떡)蒸し餅、チヌントッ( 치는떡)つき餅、チヂヌントッ( 지지는떡)油で焼く餅、 サムヌントッ(삶는떡)茹で餅 などの作り方で多種多様なお餅があります。
日本ではお正月の鏡餅から始まり、四季や習わしに応じて様々な餅が登場します。
韓国では祭祀や茶礼などのお供え物、季節や行事、お祝い事に贈ったり食べられたり、普段から老若男女問わず人気があるほどお餅は欠かせないものです。
◆韓国の餅文化
季節の代表的なお餅
〇トックク (떡국) 旧正月(설날 ソルラル)を祝う伝統的な料理で、まずご先祖様にお供えします。トッククに入れるお餅は、カレトッといううるち米で作った太めの長い餅をスライスして、肉や野菜が入ったスープに入れて煮たものです。そこへ海苔、錦糸卵もトッピングして食べます。スープになる出汁は牛骨や、鶏、カタクチイワシなど地域によって、それぞれ家庭によって様々です。日本のお雑煮と同じようなものです。
ちなみに、カレトッはうるち米を水に浸けてから粉状にし、蒸してついたものを機械で圧力をかけて押し出したものです。
また、陰暦1月15日の小正月には薬飯 약밥(ヤッパプ、または薬食ヤクシクという)を食べます。 薬飯とはもち米と栗、松の実、干しなつめ、ごま油、醤油、蜂蜜などを混ぜて蒸したおこわです。
〇チンダルレファジョン(진달래화전) 陰暦3月3日(サンジナル 삼짇날)には、もち米粉に塩とお湯を混ぜてこねて作った生地を薄くのばし、つつじの花びらをのせて油で焼いた餅菓子です。また、秋には同じように菊の花びらをのせたクッカジョン(국화전)があります。最近では季節に関係なく、エディブルフラワーをのせて作られています。
〇チャリュンビョン (차륜병)陰暦5月5日の端午に作られるお餅です。 米粉にその時期の旬であるヨモギ、またはスリチッ(ヤマボクチ)を混ぜてを蒸してからつき、薄くのばして形を作った後、模様のついた餅型で押したお餅です。厄除けと心身の保養の意味があります。なお、餅型が車輪(차륜)の形をしていることからチャリュンピョンと言われるようになったそうですが、スリチットッとも言われています。
ソンピョン 송편 先祖祭祀や墓参りをはじめとする行事が行われる韓国の代表的な名節である、陰暦8月15日 秋夕(추석 チュソク)食べられるお餅です。その年に収穫した米の粉で作った生地に栗や干しなつめ、ゴマなどの具を入れて、半月形にしたお餅です。昔は、五臓六腑に良いとされる松葉を敷いて蒸したことから송편 (松餅)というそうです。
◆特別な時に作る代表的な餅
〇ぺクソルギ 백설기 赤ちゃんが生まれたら一番初めに作るお餅です。真っ白な蒸し餅でお祝いします。赤ちゃんが純粋できれいな心を持つ人になるようにという願うそうです。
私は以前、韓国人の知り合いから頂いたことがあり、初めてぺクソルギを食べたときの感想は、お餅というよりも蒸しパンと似ているように思いました。
ムジゲトック 무지개떡(虹餅)子供の1歳のお祝い(돌잔치 トルジャンチ)の時に作って食べられるお餅です。子供の夢が虹のように花咲くようにと祈る意味が込められているそうです。
ちなみに、日本ではこのようなお餅は無いものの、子供の1歳のお祝いの時には「一生食べ物に困らないように」「一生、健康でありますように」という願いを込めて一升(約2kg)の餅を背負わせる伝統行事がありますが、子供に対する愛情はどちらの国も同じですね。
〇パッシルトック 팥시루떡(小豆餅) お祝い事、引っ越し、開業など大事なイベントの時に作って分け合います。陰陽説の陽を象徴する「赤」である小豆が邪気を追い払うと考えられ、厄除けの意味が込められています。これを分け合えば良いことが起きると言われています。
また、還暦(회갑)のお祝いは一番華やかで盛大なお祝いなので、花餅や華やかな色を使っていろんなお餅を作り、無病長寿を願ってお祝いします。お祝いの後にはお客様に持って帰ってもらいます。
そしてこの世とのお別れの時である祭禮時には、緑豆、黒ゴマ、きな粉、蜂蜜の蒸し餅を作り、亡くなった方を追悼します。
これらの様々な場面におけるお餅は、地方や家庭、時代に応じて変化して行きます。その変化の表れとして登場したのが一番身近なところでホットク 호떡やクァベギ 꽈배기ではないでしょうか。
どちらもお餅というより、パンのような感覚ですが、もち米を使用しているので食べてみるとやはりお餅に属するのではないでしょうか。
小腹が空いたときに、市場や屋台で安く手軽に食べられるのが人気の秘訣だと思います。
屋台で手軽にお餅と言えばトッポッキ 떡볶이を思い浮かべる方が殆どだと思いますが、トッポッキは朝鮮時代の宮中でも食べられていました。牛肉や様々な野菜と炒めて、醤油で味つけした豪華なものでした。その後、牛肉や入りいろな野菜の代わりに茹で卵やおでんを入れ、コチュジャンを入れた甘辛いトッポッキに変化し、近年は甘辛いコチュジャンベースのものに生クリームや牛乳を入れて、クリーミーでまろやかな味わいのフュージョントッポッキなども登場して大きく変化しています。もちろん、一般的なものは変わらず人気があります。
そして、いよいよ時代の流れに伴って新しく登場したのが、私が魅了された「アングンフラワートック(餅)ケーキ(앙금플라워 떡 케이크)」です。
お餅ケーキというと、柔らかくて伸びるお餅を想像しがちですが、上記にあるようにうるち米を粉状にして少しの水と砂糖を加えて蒸したソルギ(蒸しパンのようなもの)を使用したものです。
その上にお花を飾りつけたものをアングンフラワー餅ケーキと言います。アングンフラワーのアングンとは?それは、あんこのことなんです。
では、私のフラワーケーキ初レッスンのときのお話です!
お料理を作るのは好きですが、お菓子を作るのはどちらかと言うと苦手なので、果たして私にできるのかな?と少し不安を感じながら習い始めました。
◆作る手順
まず始めに、ケーキの土台となるソルギを蒸します。湿式米粉(水分を含んだ米粉)に少量の水を加え、それを数回こし器で漉し、砂糖を混ぜます。その後、蒸し器を用意し、セルクル(底のない枠)を置き、そこへ砂糖を混ぜた米粉を入れ、枠をほんの少しずつ縦横斜めに動かしながら丸い形をしっかりさせます。それが出来たら、そろ~っと枠を外します。この時私は息を止めるような感じで、崩さないように慎重に外します。
ソルギを蒸している間にあんこを絞ってお花を作ります。
まず、白いこしあんは食用の色素で色をつけます。口金を付けた絞り袋に色付けしたあんこを入れて、フラワーネイル(花絞りする時の道具)にあんこを絞ってお花を一つずつ作っていきます。
初レッスンではバラとブロッサムを習いました。お花絞りは、左手でネイルを動かしながら、右手であんこを絞るという作業です。結構握力も必要で、はじめは本当に思うように絞れませんでした。
それでも一生懸命にあんこを絞ってる間は、余計なことを一切考えることがなく、凄く集中できてお花を絞り終えたときには小さな達成感を味わうことが出来ました。
多めにお花を絞り終えたら、いよいよ飾りつけです。
私がお花絞りをしている間に、ソルギが蒸しあがって、先生が取り出し、冷ましておいたソルギの周りにセロハンを巻いておいてくださいました。
その土台の上の部分にだけあんこを塗ります。そこへ絞ったお花を、はさみのような形をしたフラワーリフターで持って、土台に飾るのですがが、それがまた凄く難しい!
お花を土台に少し押さえて置きます。置く位置を間違えても生クリームなどとは違い、やり直すことが出来ます。さすがに何回も繰り返すとお花は潰れてしまいますが、やり直しが利くのが良い点だと思います。
そして綺麗に飾るには、どこから見ても正面でなければいけない上に、立体的に飾り付けるというのがやはり難しかったです。
それでも先生に助けていただきながら、何とか私の記念すべきアングンフラワー餅ケーキ、第一号が完成しました!
初めての作品なので、食べてしまうには勿体ない気がしました。
その後、様々なお花絞りを習い、最後のレッスンも終了し、ディプロマ取得のテストを受験しましたが、予想通り不合格でした。やはり一回では難しいですよね!それ以降は毎日練習を重ねて、分からなくなった時には先生に教えていただいて、なんとか二回目のテストでやっと合格しました。レッスンでいろいろな綺麗なお花の絞り方を、いつもワクワクした楽しい気分で習うことが出来てとても良い経験になりました。
身につけた技術を仕事にはしていませんが、忘れないためにも周りでお祝い事などの時には是非活かしたいと思います。
◆グローバルになっていく韓国の食文化
お餅に限らず韓国の伝統的なお菓子である「韓菓」も多様化しています。2019年頃から流行しているニュートロブーム(NEWとRETROを組み合わせた造語)に伴って、音楽やファッション、食べ物に至るまで、新しいものと昔風の物が合わさったものが流行しています。例えば、伝統的な建物である韓屋をリノベーションしたカフェが作られ、そこで出されるスイーツも伝統的なお餅や韓菓を可愛く今風にアレンジしたものが多く見られます。製法や主な材料は昔とは変わらぬものの、新しいアイデアが取り入れられたりしています。例えば、お餅ならソルギの中にクリームチーズを入れたり、生地にクッキーをまぜたり多種多様です。
特に現在流行中の薬果(약과 )はカフェや韓菓店に限らず、コンビニにまでアレンジ薬果が売られている程です。
◆薬果(ヤックァ 약과 )とは?
薬果は小麦粉にごま油、蜂蜜、砂糖、水あめ、焼酎を混ぜ合わせて作った生地を伸ばし、型を抜いて低温の油で煮るように揚げる。油を切り、水あめに生姜を加えたシロップに浸し、引き上げた後に余分なシロップを切り完成したものです。薬果の「薬」は昔から薬として利用されていた蜂蜜のことを指し、韓国料理の根底に「薬食同源」の考えからきています。また、「果」については「果」と「菓」
の二通りの文字が使われており、それについて諸説あるようです。
◆薬果の歴史
中国から仏教が伝来した高麗時代には、肉や魚を供えない仏教の祭礼から、果物や獣の形を模して作った薬果がその代替品として利用されていました。その為、お菓子で作った果物という意味で「薬果」と名付けられました。また、薬果の別名は「造果」とも言われていました。そのことについて、李氏朝鮮時代の儒学者であり、実学者でもある이익 イ・イクにより編纂された「성호사설 ソンホサソル」という百科事典によると、最初は薬果を果物の形を模して作ったが、祭祀膳にのせるのが難しいため、平たく切り始めたが、名前はそのまま残ったと書かれています。(参考文献=Wikipedia)
韓国では先祖供養の供え物としてはもちろんのこと、ハレの日のお菓子、それだけではなく日常でのおやつとして人々に親しまれています。
薬果のアレンジ
薬果の表面に緑茶クリームやチョコレートを流し入れたり、ケーキやクッキーの上にのせたり、クリームをサンドするなど多様化しています。伝統を守りながら、新しいものを取り入れるという取り組みがとても素晴らしいと思います。次はどんなものがアレンジされて登場するのか凄く楽しみです。私はこれらの変化によって、多くの人々が韓菓のみならず、韓国の食文化に対しても理解や関心が高まることを期待しています。
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